京都のお寺は一味違います~中坊進二~

徳川家康が上洛時の宿舎として築城した「二条城」

"二条城は室町時代からの歴史がある城郭ですが、現在のような形にしたのは、江戸幕府初代将軍の徳川家康です。1600年の関ヶ原の合戦で勝利した徳川家康は、この地を京都に上洛した際の宿泊所として定め、壮麗な城郭を築いたのが始まりです。壮大な庭園や御殿があるのが特徴で、中坊進二の好奇心を常に刺激してくれる名所です。

京都の中心部を掌握するために、この城郭は大変に役立つものでしたが、近世の京都の町並みを作る上でも重要な役割を担ってきました。中坊進二は周辺の地形を俯瞰するために、航空写真を見てみたのですが、堀の形が四角になっていることが分かったのです。内部には優美な殿舎がある一方で、軍事的にも配慮された堀があることは、戦国時代の名残と言えるものです。堀の内側には堅固な石垣を築き、周辺には堀川通や美福通が通過する形になっています。現在の堀を外側から見ても、石垣を越えて内部に入ることは難しく、戦国の城郭としての完成度は頂点に達していると感じました。

中坊進二が二条城に訪れたときには、東大手門から内部に入ることになったのですが、重厚な門構えを見て圧倒されました。二の丸御殿の正面に位置する唐門は、桃山建築の気風を残す建築物であり、極めて豪華な造りになっていました。続いて訪れた二の丸御殿は、桃山建築の最高峰となる建物で、壮大な規模で残されています。二の丸御殿の屋根は、書院造りの構造美を体現していて、優美な曲線が特徴的でした。二の丸御殿は現在では国宝に指定され、京都にある建造物を象徴する存在にもなっています。

数寄屋造りが特徴の本丸御殿についても、中坊進二が訪れたときには品格のある造形となっていました。二の丸庭園の北側にある清流園は、和洋折衷の調和が見事な名所です。この庭園では季節ごとに様々な花々が咲き乱れ、京都の花の名所の一つとしても親しまれてきました。本丸周辺の内堀には静けさがあり、周辺の豊かな木々の景色が重なって、心地よい空間になっていました。"
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